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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)153号 判決

原告

桂秀光

昭和六〇年(行ウ)第一五三号、昭和六一年(行ウ)第九六号事件

被告

東京都教育委員会

右代表者委員長

村井資長

右訴訟代理人弁護士

原田昇

右指定代理人

篠崎弘征

石井信弘

昭和六〇年(行ウ)第一五三号、昭和六一年(行ウ)第九六号事件

被告

東京都人事委員会

右代表者委員長

船橋俊通

右訴訟代理人弁護士

浜田脩

右指定代理人

渡邉司

松下秀夫

北見恒雄

昭和六一年(行ウ)第二号、同第九六号事件

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

羽深昌道

百瀬保夫

主文

1  昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件請求の趣旨第一項ないし第四項及び昭和六一年(行ウ)第九六号事件請求の趣旨第一項中原告を東京都立大森高等学校教諭に補する旨の処分の取消を求める部分をいずれも却下する。

2  昭和六一年(行ウ)第二号事件請求の趣旨第一項、昭和六一年(行ウ)第九六号事件請求の趣旨第一項中原告に対し東京都千代田区立麹町中学校教諭を免ずる旨の処分の取消を求める部分及び同請求の趣旨第二項、第三項の各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件)

一  請求の趣旨

1  被告東京都教育委員会が、昭和五八年四月一日付で原告に対してした、「東京都品川区立伊藤中学校教諭に補する。」とする転任処分を取消す。

2  被告東京都人事委員会が、昭和六〇年一〇月二日付で原告に対してした、「原告が昭和五八年四月一一日付で提起した不利益処分に関する不服申立てを棄却する。」とする裁決を取消す。

3  被告東京都教育委員会が、昭和六〇年四月一日付で原告に対してした、「東京都千代田区立麹町中学校教諭に補する。」とする転任処分を取消す。

4  被告東京都人事委員会が、昭和六〇年一〇月二日付で原告に対してした、「原告が昭和五八年四月一一日付でなした勤務条件に関する行政措置要求を認めることができない。」とする判定を取消す。

5  訴訟費用は被告東京都教育委員会及び被告東京都人事委員会の負担とする。

6  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

((被告東京都教育委員会))

1  本案前の答弁

原告の被告東京都教育委員会に対する訴をいずれも却下する。

2  本案に対する答弁

(一) 原告の被告東京都教育委員会に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

((被告東京都人事委員会))

1  本案前の答弁

(一) 原告の被告東京都人事委員会に対する訴をいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案に対する答弁

(一) 原告の被告東京都人事委員会に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(昭和六一年(行ウ)第二号事件)

一  請求の趣旨

1  被告東京都は原告に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告東京都の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

((被告東京都))

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

(昭和六一年(行ウ)第九六号事件)

一  請求の趣旨

1  被告東京都教育委員会が、昭和六一年四月一日付で原告に対してした、「東京都千代田区立麹町中学校教諭である原告を東京都立大森高等学校教諭に補する。原告に高教二等級一〇号給を給する。」とする転任処分を取消す。

2  被告東京都人事委員会が、昭和六一年五月一四日付で原告に対してした、「原告が昭和六一年四月二八日付で提起した不利益処分に関する不服申立てを却下する。」とする裁決を取消す。

3  被告東京都は原告に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

((被告東京都教育委員会))

1  本案前の答弁

(一) 原告の被告東京都教育委員会に対する訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案に対する答弁

(一) 原告の被告東京都教育委員会に対する請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

((被告東京都人事委員会))

1  原告の被告東京都人事委員会に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

((被告東京都))

1  原告の被告東京都に対する請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

(昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件)

一  請求の趣旨第一項について

1  原告の請求原因

(一) 原告は、昭和五六年一〇月一日付で東京都公立学校教員に任命され、東京都品川区立荏原第四中学校(以下「荏原四中」という。)教諭に補され、以後同校に勤務していたが、被告東京都教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)は、昭和五八年四月一日付で、原告に対し、「東京都品川区立伊藤中学校教諭に補する。」とする転任処分(以下「第一転任処分」という。)をした。

(二) しかしながら、第一転任処分は、以下に述べるとおり違法な処分である。

(1) 第一転任処分のなされた経緯は次のとおりである。

(ⅰ) 原告は、昭和五七年五月二四日荏原四中教諭として勤務中、同校生徒倉島法行から暴行を受け、第一腰椎圧迫骨折、頸椎捻挫等の傷害を負わされ、同月二六日茅ケ崎市立病院に入院した。

(ⅱ) しかしながら、同校校長井ノ内宏、同校教頭倉橋満らは、右傷害事件の隠ぺいをはかり、同校としてはこれを警察に届出ないとしたため、原告は、同月三〇日前記倉島を傷害罪等で警察に告訴し、また、原告の家族は右傷害事件を報道機関に連絡した。

(ⅲ) 原告が右告訴をしたこと及び右傷害事件が報道されたことについて、右井ノ内校長、品川区教育委員会(以下「品川区教委」という。)教育長和田三郎及び同委員会指導室長石郷岡二郎は、再三入院中の原告に面会して威圧的態度で非難し、前記井ノ内校長及び同委員会責任者らは右告訴の取下を強要した。更に、同人らは、同校PTA、品川区議会及び報道機関に対して、前記傷害事件の原因がすべて原告にあるかのような虚偽の説明をし、その結果、同校PTAや品川区議会の一部に原告を同校から排斥しようとする動きが生まれた。

(ⅳ) 昭和五七年一一月二日原告の出勤が可能になると、品川区教委は原告の勤務場所を品川区立教育センター内の図書室としたが、前記石郷岡指導室長は、原告に対し、昭和五八年四月から原告を荏原四中に教員として復帰させることを約束した。

(ⅴ) しかしながら、同指導室長は、昭和五七年一二月六日原告に転勤調書を書くよう強要し、原告はやむを得ず転勤希望先を夜間中学校等とする転勤調書を提出した。そして、昭和五八年二月二日、同指導室長は、前記告訴及び傷害事件の報道機関への連絡に対する制裁として、原告を荏原四中から転勤させる旨言明し、同年三月二六日前記井ノ内校長が原告に第一転任処分を内示し、被告教育委員会は同年四月一日同処分を発令した。

(2) 第一転任処分は、次の理由により、裁量権の範囲を超えたものというべきである。

(ⅰ) 第一転任処分は、荏原四中PTAの一部及び品川区議会の一部の不当違法な圧力によりなされたものである。

(ⅱ) 第一転任処分は、原告が前記倉島を告訴したこと及び前記傷害事件を報道機関に伝えたことに対する制裁として、原告にその責任をとらせる意図でなされたものである。

(ⅲ) 被告は、前記のとおり石郷岡指導室長が昭和五八年四月から原告を荏原四中に復帰させることを約束したにも拘らず、合理的な理由もないまま右約束を破り第一転任処分を行った。

(ⅳ) 第一転任処分当時、原告は前記傷害事件により負った公傷のため通院中であって、右処分は原告の経済的、肉体的、精神的負担を増大するものである。

よって、原告は被告教育委員会に対し、第一転任処分の取消を求める。

2  被告東京都教育委員会の本案前の主張

(一) 原告は第一転任処分を受け、東京都品川区立伊藤中学校(以下「伊藤中」という。)に勤務していたが、被告教育委員会が昭和六〇年四月一日付で原告に対し「東京都千代田区立麹町中学校教諭に補する。」とする転任処分(以下「第二転任処分」という。)を発令したため、原告は伊藤中教諭の地位を有しないこととなった。したがって、右転任処分が適法とされ、その取消を求める請求の趣旨第三項の請求が棄却されると請求の趣旨第一項の請求にかかる第一転任処分の効果は既に終了したものというべきであるから、原告は右請求につき法律上の利益を有しないこととなるので、同項の訴は不適法として却下を免れない。

(二) 原告は昭和六一年三月三一日付をもって、麹町中教諭(東京都千田区の職員であって、市町村立学校職員給与負担法所定の県費負担教職員にあたる。)を免ぜられ(以下「本件免職処分」という。)、あらたに被告教育委員会から同年四月一日付をもって東京都立大森高等学校(以下、「大森高校」という。)に採用され(以下「本件採用処分」という。)、現に同校に在職している。したがって、原告は既に千代田区の県費負担教職員たる地位を有さず、請求の趣旨第一項にかかる処分の効果は既に終了したものというべきであるから、原告は右請求につき法律上の利益を有しないので、同項の訴は不適法として却下を免れない。

3  請求原因に対する被告東京都教育委員会の認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)(1)について

(1) (ⅰ)の事実は認める。

(2) (ⅱ)のうち、原告が昭和五七年五月三〇日倉島法行を傷害罪で警察に告訴し、報道機関に右傷害事件を連絡したことは認め、その余は否認する。

なお、同月二九日教頭倉橋満が原告の自宅を訪れ、原告の母に面会し、右傷害事件につき学校としてはことさら告訴はしない旨告げたことはあるが、同日校長井ノ内宏は荏原警察署に右傷害事件を通報している。

(3) (ⅲ)のうち、右井ノ内校長、品川区教育委員会教育長和田三郎及び同区教育委員会指導室長石郷岡二郎が、入院中の原告に個々面会したことは認め、その余は否認する。

右校長らは、教師が生徒を告訴することは教師と生徒との信頼関係の上に成立つべき教育そのものを否定する結果となるおそれがあり、警察に対しては被害届を出すだけで足り、教師の生徒に対する態度としては、生徒が自ら反省して再び過ちを犯さないように指導することに主眼を置くべきであり、このような教師の立場からは生徒を告訴するのは好ましくない等の考えを被歴して、原告に対し告訴の取下を要望したのであり、原告を威圧態度で非難したり、脅迫したようなことはない。

(4) (ⅳ)のうち、原告が昭和五七年一一月二日以降勤務可能な状態となったことは認めるが、その余は否認する。

なお、品川区教委が同日原告に対し、昭和五八年三月三一日まで品川区立教育センターにおいて教材研究を内容とする研修を命じたことはある。

(5) (ⅴ)のうち、原告が転出希望先を記入した異動調査書(「転勤調書」ではない。)を提出したこと、昭和五八年三月二六日井ノ内校長が原告に第一転任処分を内示したことは認め、その余は否認する。

昭和五七年一二月六日石郷岡指導室長が原告に対して昭和五八年度から他の学校に移って勤務するよう勧め、これに伴う異動調査書の記入を求めたところ、原告はこれに応じて同月一〇日転出希望先を「夜間中学」及び「千代田区」と記入した異動調査書を井ノ内校長に提出したものであり、右指導室長が異動調査書の提出を強要したことはない。

(三) 同(二)(2)はすべて争う。

4  被告東京都教育委員会の抗弁

第一転任処分は次のような経緯で発令されたものであって、適法な処分である。

(一) 原告は、請求原因(二)1(ⅱ)のとおり倉島を傷害罪で告訴し、かつ報道機関に右事件を通報したことから、昭和五七年六月三日頃以降同月一一日頃にかけて広く新聞、テレビ等にこれが報道されるに至った。

(二) 荏原四中においては、教員である原告が同校の生徒を告訴したことについて、多くの生徒及びその父母の間に原告を非難する声が生じ、同月一〇日開催された同校PTAの臨時総会において、出席中の母親らから原告を批判する発言がなされ、また同年七月二日には、右PTA役員会の要請を受けて同校PTA運営委員会に出席した前記石郷岡指導室長に対して、右PTA運営委員会の一部の委員から原告が請求原因(二)(1)(ⅰ)の療養後同校に復帰することにつき生徒や父母の間に不満や動揺があることが告げられ、更に同月二〇日には品川区教委を訪れた同校生徒の父母数名(PTAの第三学年代表及び学級代表)から前記和田教育長及び右指導室長に対して、原告の治癒後の同校復帰には生徒や父母の間に相当強い反対がある旨を述べるなど、原告が再び同校において勤務するときは、原告と生徒及び父母との間の信頼関係の保持が困難となり、同校に相当の動揺が生ずるおそれがあった。

(三) そこで品川区教委においては、全部休業の必要がない状態にまで回復した段階で、原告に対し、とりあえず同年一一月二日以降、品川区立教育センターにおいて教材研究を内容とする研修を命じ、教育現場に復帰するための準備をさせる傍ら、原告をして引続き同校で教鞭をとらせても教員としての信頼を維持し難く、その教育活動の成果を期待し難い、原告は教職経験も短く年齢も若いので、新しい教育現場で再出発させる方が原告本人のために利益であるとの判断に基づき、同年一二月六日右指導室長から原告に転勤を勧めた結果、同月一〇日に至って原告は異動調査書を前記井ノ内校長に提出した。

(四) 同校長は、原告提出の右異動調査書に「異動により新たな気持で仕事にとりくみ、広い視野や協調性を身につけさせ、より大きな成長を図りたい」と記入し、品川区教委を経由してこれを被告教育委員会に提出した。

(五) 被告教育委員会は、右異動調査書の受理後原告の異動について、昭和五八年度の東京都公立学校教員の定期人事異動作業の中で検討を行い、(三)記載の品川区教委の考えと同様の判断に立ち、かつこれに加えて原告の通勤経路及び通勤時間等の通勤条件が荏原四中に比して大きく変化しないこと、当時通院治療継続中であった原告の治療に便利で、通院のために生ずる教科授業への影響もなるべく少なくすること、生徒から傷害を負わされた原告への心理的影響からして、校内事情の比較的安定した学校での勤務が適当であること、原告は経験年数も採用後一年六月と少なく、やや独善的非協調的傾向もあり、先輩教員との接触等を通じて自己の職務への自覚を深め、経験を積み、研鑽につとめることによりその資質の向上に資することができるようにする必要があること等にも留意して、原告を伊藤中に転任させることを決定した。

(六) 以上の経緯により、被告教育委員会は第一転任処分をしたものである。

5  本案前の主張に対する原告の反論

(一) 被告教育委員会の本案前の主張(一)及び(二)に対する反論

第二転任処分及び大森高校教諭に補する旨の処分が仮に有効であったとしても、原告には第一転任処分の取消につき、次の点で法律上の利益がある。

(1) 第一転任処分は、原告を不当に処遇するため悪意をもってなされたものであって、原告の一般市民としての基本的人権、東京都公立学校職員としての職業的名誉と社会権、職業的理念に大なる侵害を与え、また、原告の履歴を傷つけ、その将来に悪影響を与えたのであって、これらの侵害や影響を除去するためには、右各転任処分を取消す他ない。

(2) 原告は前記1(二)(1)(ⅰ)記載の傷害により昭和五八年四月以降も通院を続けていたところ、第一転任処分により伊藤中に勤務するようになって、通院のために欠勤せざるを得なくなり、後記四1(一)記載のとおり大なる経済的損害が生じているが、第一転任処分が取消されれば、原告の右損害は解消される。

(二) 被告教育委員会の本案前の主張(二)に対する反論

原告は、昭和五六年一〇月一日付で被告教育委員会に東京都公立学校教員として採用されたものであって、昭和六一年四月一日付の被告教育委員会の「東京都立大森高等学校教諭に補する。」旨の発令は転任処分の発令にすぎず、右東京都公立学校教員としての地位が右発令の前後を通じて続いている。

なお、適性選考は、東京都公立学校教職員である者が現在の勤務先の学校の種類を変更したり、教える教科を変更するための資格を得るための選考にすぎない。

6  抗弁に対する原告の認否

抗弁(四)の事実は不知、その余の各事実はいずれも否認する。

二  請求の職旨第二項について

1  原告の請求原因

(一) 前記一1(一)と同じ。

(二) 原告は、第一転任処分を不服として、昭和五八年四月一一日被告東京都人事委員会(以下「被告人事委員会」という。)に対し審査請求をしたが、被告人事委員会は、昭和六〇年一〇月二日付で右請求を棄却する裁決(以下「第一裁決」という。)をなした。

(三) しかしながら、第一裁決には、以下に述べる違法事由がある。

(1) 第一裁決は、事実認定にあたり、審理において原告の主張する前記一1(二)(1)記載の各事実が真実であると確認されたにも拘わらずその事実を認定せず、証拠の証拠能力について検討をせず、重要な点で事実誤認を犯しており、裁決の理由に事実認定の根拠を示さず、また、重大な判例違反を犯し、その判断内容も公正さを欠いている。

(2) また、第一裁決の審理過程において、被告人事委員会は、合理的な理由がないのに、原告申請の鑑定、証拠物の提出を却下し、必要な証人尋問も行わせないなど十分な証拠調をせず、証人尋問等の際、原告の行為を不当に制限したり、原告の偽証の指摘に対して適切な措置を講じようとしないなど、ほとんどの場合、公正さを欠いていた。

(3) 更に、被告人事委員会は、第一裁決の審理の速記録を、当事者以外の者に合理的理由もなく配布し、また、審理の進行につき、担当職員が原告に実際の進行とは大きく異なる内容の連絡をした。

よって、原告は被告人事委員会に対し第一裁決の取消を求める。

2  被告東京都人事委員会の本案前の主張

原告は麹町中に在職中、東京都立高等学校の教諭になることを希望し、適性選考を受け、これに合格し、大森高校の教諭に任用され、現にその職にある。そして麹町中の教諭であった原告が大森高校の教諭に任用されたということは、法的には、区立中学校の教諭たる地位を退き、東京都立の高等学校の教諭に採用されたことを意味する。そうすると、仮に第一裁決が判決によって取消され、右裁決がなかった状態に戻り、被告人事委員会があらためて裁決をすることになっても、原告が右のように区立中学校教諭を退職し、都立高等学校の教諭に採用されたことにより、被告人事委員会としては、第一処分を取消して原告を荏原四中に復帰させる余地はなく、右処分に対する不服申立はこれを却下せざるを得ないことになる。したがって、原告が第一裁決の取消を求める法律上の利益はすでに失われ、その取消を求める請求の趣旨第二項の訴は不適法である。

3  請求原因に対する被告東京都人事委員会の認否

(一) 請求原因(一)及び(二)の各事実は認める。

(二) 同(三)のうち、第一裁決の審査において、原告の主張する前記一1(二)(1)(ⅰ)の事実、同(ⅱ)中、原告が昭和五七年五月三〇日倉島法行を傷害罪で告訴し、同日原告の家族が右傷害事件を報道機関に通報したこと、同(ⅲ)中、井ノ内校長、和田教育長及び石郷岡指導室長が入院中の原告に面会して右告訴を取下げるよう求めたこと、同(ⅳ)中、品川区教委が昭和五七年一一月二日以後、原告を荏原四中に復帰させず、昭和五八年三月末日までの間品川区立教育センターを原告の勤務場所としたこと及び石郷岡指導室長が原告に対し、昭和五八年度から荏原四中の勤務に服するよう伝えたこと並びに(ⅴ)中、昭和五七年一二月六日同指導室長が原告に対し昭和五八年度には転勤するように勧め、原告が後日転出希望先として夜間中学校等を希望する旨記載した異動調査書を提出したこと及び昭和五八年三月二六日原告に第一転任処分の内示がなされ、同年四月一日付で同処分の発令がなされたことが事実であると確認されたことは認め、その余の事実は否認する。

4  被告東京都人事委員会の抗弁

第一裁決は次のような経緯でなされたものであって、その主体、手続、形式のいずれの点においても何ら瑕疵はなく、適法なものである。

(一) 昭和五八年四月一一日、原告は、被告教育委員会が原告に対して同月一日付で発した第一転任処分の取消を求めて被告人事委員会に対し不服申立てを行うとともに、右不服申立てについて口頭審理を請求し、かつ当該審理は公開で行うことを請求した。

(二) 昭和五八年七月六日、被告人事委員会は、右不服申立ての審査に関する事務を被告人事委員会の事務局長高橋俊龍に委任した。

(三) 右高橋審査員は、右不服申立てについて、昭和五八年一二月二一日、昭和五九年一月二五日、同年二月二二日、同年四月一八日、同年六月六日、同年九月六日、同年一二月二一日及び昭和六〇年五月三〇日の八回にわたり公開口頭審理を開催し、審理を行った。

その間、原告は、三九名の証人の証人申請をしたが、右高橋審査員は、そのうち二名について証人申請を採用し、三七名についてはその申請を却下した。同審査員が取り調べた証人は、転任命令の発令当時被告教育委員会の管理主事であった大澤啓治(処分庁申請)、前記石郷岡指導室長(双方申請)及び前記井ノ内校長(申立人申請)であった。また、原告は、一六点の録音テープ(検証時間合計二一五分)及び一点のビデオテープについて検証の申請をしたが、同審査員は、右録音テープについて原告の証拠説明を含めて一二〇分の範囲内で検証を行った。

(四) 昭和六〇年六月二六日、同審査員は、被告人事委員会に右不服申立ての審理記録を提出し、審査の経過を報告した。

(五) 被告人事委員会は、昭和六〇年八月二八日、同年九月四日、同年九月一一日、同年九月一八日及び同年一〇月二日に開催された人事委員会の各会議において右不服申立てに対する裁決を議事事項とし、これを審査した。

(六) 昭和六〇年一〇月二日、被告人事委員会は、右の審査の結果に基づき、右不服申立てを棄却する旨の裁決をすることを決定し、同日、裁決書の正本を原告にあて発送し、右正本は翌三日原告に送達された。

5  本案前の主張に対する原告の反論

前記一5(二)に同じ。

6  抗弁に対する原告の認否

(一) 抗弁(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は、高橋審査員が録音テープについて検証を行った時間が一二〇分の範囲内であったことを除き認める。

(四) 同(四)の事実は否認する。

(五) 同(五)の事実は不知。

(六) 同(六)の事実のうち、被告人事委員会が審査の結果に基づき裁決をしたことは不知、その余の事実は認める。

三  請求の趣旨第三項について

1  原告の請求原因

(一) 原告は、前記一1(一)記載のとおり第一転任処分を受け、伊藤中に勤務していたところ、被告教育委員会は、昭和六〇年四月一日付で、原告に対し第二転任処分をした。

(二) しかしながら、第二転任処分には、以下に述べるような違法事由がある。

(1) 原告には第二転任処分を受ける合理的理由はなく、また、右処分は、昭和六〇年三月一二日東京都千代田区麹町中学校(以下「麹町中」という。)校長らが公傷通院中の原告に対し、「原告のような公傷通院中の教員が麹町中に勤務することになっては迷惑だ。」と発言した直後に発令されたため、原告を肉体的、精神的に非常に不安定な状態に追い込むものであった。

(2) 第二転任処分は、都民の付託に応えるために要請される、東京都公立学校職員の配置の適材適所の原則を無視して行われたものである。

(3) 第二転任処分は、原告が伊藤中教諭であることを前提とするものであるところ、前記一1(二)に述べたとおり原告に伊藤中への転任を命じた第一転任処分は違法であって、取消されるべきものであるから、第二転任処分は前提を欠くものである。

よって、原告は被告教育委員会に対し第二転任処分の取消しを求める。

2  被告東京都教育委員会の本案前の主張

前記一2(二)に同じ(但し、請求の趣旨第一項とあるを請求の趣旨第三項と読み替える。)。

3  請求原因に対する被告東京都教育委員会の認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

原告主張の第二転任処分は、転任処分の形態をとっているが、厳密には地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)四〇条に基づき品川区の教職員たる地位を免じ、千代田区の教職員に任用したものである。

(二) 同(二)のうち、(1)中の原告が昭和六〇年三月当時治療のために通院している事実は認めるが、その余は全て争う。

4  被告東京都教育委員会の抗弁

第二転任処分は次のような経緯で発令されたものであって適法なものである。

(一) 原告は昭和五八年四月一日より伊藤中に勤務していたところ、昭和五九年一二月四日に至り、昭和六〇年四月一日実施予定の定期異勤による異動の希望を申し出で、所定の異動調査書に所要の記入を行ったうえ、これを品川区教委を経由して被告教育委員会に提出した。

(二) 右異動調査書の記載によれば、原告はその転出希望先として、「1大田区夜間中学、2世田谷区夜間中学、3江戸川区夜間中学、4荒川区夜間中学、5葛飾区夜間中学、6墨田区夜間中学、7八王子市夜間中学、8千代田区、9港区」(数字は希望順位を示す。)を挙げていた。

(三) 被告教育委員会は、右定期異動に当り原告の異動について検討の結果、原告が前記のとおり荏原四中に勤務中同校において生徒から傷害を負わされ、現に通院治療中であることから、右事件の発生した品川区内で勤務するより他地区に転出して心機一転し意欲をもってその職務に取組めるように配慮することが望ましいと判断し、原告の希望する地区に異動させることとした。

しかしながら右原告の異動調査書記載の転出希望先のうち、第一順位から第七順位までの夜間中学にはいずれも原告を受入れる欠員がなく、千代田区内の中学校であれば、原告の希望にも副い、原告を異動させることも可能であったので、原告を同区の麹町中に異動させることとし、昭和六〇年四月一日付をもって第二転任処分をしたものである。

5  本案前の主張に対する原告の反論

(一) 前記一5(一)に同じ。

(二) 前記一5(二)に同じ。

(三) したがって、原告には第二転任処分の取消を求める利益がある。

6  抗弁に対する原告の認否

抗弁事実は否認する。

四  請求の趣旨第四項について

1  原告の請求原因

(一) 前記一1(二)(1)記載の傷害のため、原告は公傷通院していたが、これにより月の一部分勤務できない場合、原告には「〈1〉日割で計算されて支給される通勤手当が、実際に通勤に要する費用をまかなうことができない。〈2〉仮に一か月全部公傷休業したとすれば、全部勤務した場合の給与より多額の休業補償を受給することができるのに、一部のみ公傷休業した場合に支払われる休業補償等の合計額は、右休業に伴う給与の減額分より少ない。」という不利益が生じた。

そこで、原告は被告人事委員会に対し、「〈1〉公務災害と認定を受けた負傷の治療のための通院により、月の一部の日を勤務しない場合の通勤手当を、日割計算することなく、通常勤務をした場合と同様に支給すること。〈2〉東京都職員の公務災害補償等に伴う付加給付に関する条例の一部を改正する条例(昭和五二年東京都条例第一一八号)附則第四項中の『当該休業補償の基礎となる平均給与額が地方公務員災害補償施行規則(昭和四十二年自治省令第二十七号)第三条第三項の規定により計算されているときにおいて』との条件を外して、右条例第四項による休業補償付加給付の加給を実施すること。」との勤務条件に関する行政措置要求(以下「本件措置要求」という。)を行った。

しかるに、被告人事委員会は、昭和六〇年一〇月二日付で、「原告が昭和五八年四月一日付でなした行政措置要求を認めることができない。」とする判定(以下「本件判定」という。)をなした。

(二) 本件判定には以下のような違法事由がある。

(1) 本件判定にあたり、被告人事委員会は、通勤手当が通勤交通費の実費弁償のために支給される手当であるとの原告の主張を十分に検討していない。

(2) 本件判定にあたり、被告人事委員会は他の地方公共団体、民間会社等の休業補償等の実体を十分に検討していない。

(3) 勤務条件に関する行政措置要求制度は公務員の労働基本権制約の代償措置として置かれているものであるから、被告人事委員会は、行政措置要求の判定をするにあたっては、労働基準を監督する機関として、国会、東京都議会、東京都知事らと原告を対等な立場において取扱うべきであるのに、そのような取扱いをしていない。

よって、原告は被告人事委員会に対し本件判定の取消を求める。

2  被告東京都人事委員会の本案前の主張

原告は麹町中に在職中、東京都立高等学校の教諭になることを希望し、適性選考を受け、これに合格し、大森高校の教諭に任用され、現にその職にある。そして麹町中の教諭であった原告が大森高校の教諭に任用されたということは、法的には、区立中学校の教諭たる地位を退き、東京都立の高等学校の教諭に採用されたことを意味する。そうすると、仮に本件判定が判決によって取消され、右判定がなかった状態に戻り、被告人事委員会があらためて判定をすることになっても、原告が右のように区立中学校教諭を退職し、都立高等学校の教諭に採用されたことにより、特別区の県費負担教職員たる地位を失っているものであるから、被告人事委員会としては、本件措置要求は事案の審査を継続する必要がなくなったものとして却下せざるを得ないことになる。したがって、原告が本件判定の取消を求める法律上の利益はなく請求の趣旨第四項の訴は不適法である。

3  請求原因に対する被告東京都人事委員会の認否

(一) 請求原因(一)のうち、一か月全部公傷休業したとすれば、全部勤務した場合より多額の休業補償を受給することができることは否認し、その余の事実は認める。

(二) 同(二)のうち、(3)中の勤務条件に関する行政措置要求制度が公務員の労働基本権制約の代償措置として置かれており、被告人事委員会は行政措置要求の判定をするにあたっては、労働基準を監督する機関として機能することは認め、その余の事実は全て否認する。

4  被告東京都人事委員会の抗弁

地方公共団体の職員の勤務条件に関する措置の要求に係る審査、判定の手続に関し必要な事項は、地方公務員法四八条により、人事委員会規則で定めるものとされており、被告人事委員会の定める勤務条件に関する行政措置要求の審査に関する規則(昭和三九年東京都人事委員会規則第一二号)一〇条は、事案の審査のため必要があると認めるときは、関係者から意見を徴し、資料の提出を求め、出頭を求めて陳述をきき、その他の必要な事実調査を行うことができるとしている。被告人事委員会は、右規定に基づき、次のとおり本件措置要求について審査、判定を行ったものであって、そこには手続上の瑕疵はなく、審査、判定の主体、形式、内容のいずれの点においても誤りはない。

(一) 昭和五八年四月一一日、原告は、被告人事委員会に対し本件措置要求を行い、同月二七日、被告人事委員会は、右要求を受理した。

(二) 昭和五八年五月九日、被告人事委員会は、被告教育委員会及び訴外東京都知事に対して右要求に対する意見書の提出を求め、被告教育委員会は同月二八日、訴外東京都知事は同年六月三日、それぞれ右要求に対する意見書を被告人事委員会に提出し、同月一五日、被告人事委員会は右各意見書の写を原告に送付した。同月二五日、原告は、右各意見書に反論する原告の意見書を被告人事委員会に提出した。

(三) 被告人事委員会は、昭和六〇年八月二八日、同年九月四日、同年九月一一日、同年一〇月二日に各開催された人事委員会の各会議において右要求に対する判定を議事事項とし、これを審査した。

(四) 昭和六〇年一〇月二日、被告人事委員会は、右審査の結果に基づき右要求は認めることができない旨の判定をすることを決定し、同日、判定書の正本を原告あて発送し、右正本は翌三日、原告に送達された。

5  本案前の主張に対する原告の反論

前記一5(二)に同じ。

6  抗弁に対する原告の認否

(一) 抗弁(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、昭和五八年六月一五日被告人事委員会が被告教育委員会及び訴外東京都知事の各意見書の写を原告に送付したことは認め、その余の事実は不知。

(三) 同(三)の事実は不知。

(四) 同(四)の事実のうち、被告人事委員会が審査の結果に基づき判定したことは不知、その余の事実は認める。

(昭和六一年(行ウ)第二号事件)

一  原告の請求原因

1  昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件二1と同じ。

2  右被告人事委員会の行為により、原告は肉体的、精神的苦痛を強いられた。

3  右苦痛に対する慰謝料としては、金一〇〇万円が相当である。

よって、原告は、被告東京都に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金一〇〇万円及び昭和六一年一月九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告東京都の認否及び反論

1  認否

(一) 請求原因1に対する認否は、昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件二3の被告人事委員会の請求原因に対する認否と同じ。

(二) 請求原因2の事実は不知。

(三) 請求原因3は争う。

2  反論

(一) 第一裁決をなすに至った経緯は昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件二4の被告人事委員会の抗弁記載のとおりであって、第一裁決は主体、手続、形式等のいずれにおいても瑕疵はなく、何ら違法な点はない。

(二) 仮に、裁決に抗告訴訟により取消されるべき瑕疵があったとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして公共団体に損害賠償責任が生ずるものではなく、右責任が肯定されるためには、不服申立について人事委員会が違法又は不当な目的をもって裁決する等、右委員会がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることが必要であるところ、第一裁決にはそのような特別の事情は存しない。

(昭和六一年(行ウ)第九六号事件)

一  請求の趣旨第一項について

1  原告の請求原因

(一) 原告は、昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件三1請求原因(一)記載のとおり第二転任処分を受け、麹町中に勤務していたところ、被告教育委員会は、昭和六一年四月一日付で、原告に対し、「東京都立大森高等学校教諭に補する。高教二等級一〇号給を給する。」旨の辞令(以下「本件発令」という。)を発した。

(二) しかしながら、本件発令は以下の点で違法、不当である。

(1) 右「東京都立大森高等学校教諭に補する。」旨の発令は、麹町中教諭としての原告に対してなされた転任処分であるところ、昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件三1請求原因(二)記載のとおり第二転任処分は違法であって、取消されるべきものであるから、原告が麹町中教諭であることを前提として転任処分を発令することはできない。

(2) 本件発令は、違法、不当な第一転任処分及び第二転任処分を原告に無理矢理認めさせる意図の下に行われたものであり、右各処分による原告の履歴上の庇を回復不能な状態に追い込むものである。

(3) 原告は昭和五六年一〇月一日付で東京都公立学校教員に採用されて以来、一年に一度、毎年一〇月一日に昇給する職員として扱われてきて、昭和六〇年一〇月一日付で「小中教二等級一二号給を給する。」との発令を受け、昭和六一年一〇月一日には「小中教二等級一三号給」に昇給することとなっていた。しかるに、本件発令は昭和六一年四月一日付で原告の給与を「小中教二等級一二号給」と同額の給与である「高教二等級一〇号給」とし、これを一年間昇給させないものであるから、原告は昭和六〇年一〇月一日から昭和六二年三月末日まで、昇給しない一年六か月間を過ごすことになり、大なる経済的不利益を受けることになった。

よって、原告は被告教育委員会に対し本件発令の取消を求める。

2  被告東京都教育委員会の本案前の主張

(一) 区立学校教職員は市町村立学校職員給与負担法一条に規定する県費負担教職員であって、その任命権は被告教育委員会に属する(地教行法三七条一項)。被告教育委員会が特定の区立学校教職員を他の区立学校教職員に異動させる場合においては、身分上は一旦前任区の区立学校教職員を免職し、引続き新任区の区立学校教職員に採用するものであるが、当該教職員の同意を要しないで発令できるものであり、いわゆる転任処分として取り扱っている(同法四〇条)。これに反し、区立学校教職員を県費負担教職員ではない都立学校教職員に採用する場合においては、当該教職員の同意を得て、区立学校教職員を免職し、新たに都立学校教職員に採用することになり、その採用に当たっては、地方公務員法一五条以下の手続に則ってこれを行うことになるのであって、都立学校教職員への採用を希望する区立学校教職員は、希望通り都立学校教職員に採用されたときは従前の区立学校教職員を免じられることについて予め同意しているものと言うべきである。

(二) しかるところ、麹町中教諭であった原告は、昭和六〇年五月一六日「昭和六一年度東京都公立学校教員採用候補者選考実施にともなう東京都公立学校教員適性選考実施要綱」(昭和六〇年四月二七日付東京都教育委員会名の区市町村教育委員会宛通知)に基づく適性選考(高等学校教諭、理科(化学))の申込をし、同選考に合格して、同年一一月二〇日、昭和六一年度東京都公立学校教員適性選考合格者名簿に登載することが決定されたうえで、同年一二月都立高等学校教諭に採用されることの希望を申出て、昭和六一年四月一日付をもってその希望どおり被告教育委員会によって都立大森高等学校教諭に採用されたものであり、同被告は右発令に併せて同校教諭として任用された原告の職務の等級及び号給(給料月額)を決定したものである。

(三) 以上のとおり、原告が取消を求める本件発令は、原告の意に反する転任処分ではなく、新たな任用行為であり、原告の意にそうものであって、原告がその取消を求める法律上の利益を有しないことは明らかであるから、請求の趣旨第一項の訴は不適法として却下を免れない。

3  請求原因に対する被告東京都教育委員会の認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の(1)及び(2)は争う。

(三) 同(二)の(3)のうち、被告教育委員会が原告に対し、昭和六〇年一〇月一日付で「小中教二等級一二号給を給する。」との発令を、昭和六一年四月一日付で「高教二等級一〇号給を給する。」との発令をしたこと、「小中教二等級一二号給」の給料月額と「高教二等級一〇号給」の給料月額が同額であることは認め、その余の事実は否認する。

元来昇給は、職員が現に受けている号給を受けるに至った時から、一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときに、その者の属する職務の等級における給料の幅の中において直近上位の号給に昇給させることができる(学校職員の給与に関する条例八条二項)にとどまり、職員は必ず一年毎に昇給する旨の法律上の権利を有するものではない。また原告に対しては昭和六一年一〇月一日において右条例八条二項の規定に基づき昇給させることも可能であるから(学校職員の初任給、昇格及び昇給等に関する規則一三条・一八条の二第一項八号・一〇条・九条一項一号及び学校職員の等級別資格基準に関する規則六条)、原告が本件発令により当然に昭和六二年三月末まで昇給しない不利益を受けることとなるものではない。

4  本案前の主張に対する原告の反論

東京都の特別区は特別地方公共団体であって、普通地方公共団体である市町村とは異なり、東京都から完全に独立した団体ではないから、普通地方公共団体における教員についての一般論を適用することはできない。

二  請求の趣旨第二項について

1  原告の請求原因

(一) 前記一1(一)と同じ。

(二) 原告は、本件発令を不服として、昭和六一年四月二八日付で、被告人事委員会に対し審査請求をしたが、被告人事委員会は、昭和六一年五月一四日付で「原告が昭和六一年四月二八日付で提起した不利益処分に関する不服申立てを却下する。」とする裁決(以下「第二裁決」という。)をなした。

(三) しかしながら、第二裁決は、原告の不服申立に対する審理を全く行わず、地方公務員法に規定されている不服申立についての人事委員会の職務をすべて放棄し、右不服申立を合理的な理由がないのに却下したものであって、違法である。

よって、原告は被告人事委員会に対し第二裁決の取消を求める。

2  請求原因に対する被告東京都人事委員会の認否

請求原因(一)及び(二)の事実は認め、同(三)は争う。

3  被告東京都人事委員会の抗弁

(一) 前記一2(一)及び(二)と同じ。

(二) 地公法四九条の二第一項の定める「不利益な処分」とは、懲戒、分限その他これに準ずる処分で職員の身分又は地位に具体的な不利益を及ぼすようなものをいうものと解されるところ、本件発令は、原告を大森高校教諭として任用し、併せて同校教諭として任用された原告の職務の等級及び号給(給料月額)を決定したものであり、これらを地公法にいう「不利益な処分」ということができないことは明らかであり、本件不服申立は、その余の点について触れるまでもなく、不適法である。

(三) したがって、本件裁決には何ら違法な点はなく、原告の請求は棄却されるべきである。

4  抗弁に対する原告の認否

(一) 抗弁(一)で引用する被告教育委員会の本案前の主張(一)は争う。その論拠は一4に述べたとおりである。

(二) 右主張(二)のうち、原告が麹町中教諭であったこと、昭和六一年度東京都公立学校教員適性選考(高等学校教諭、理科((化学)))の申込みをし、同選考に合格したこと、原告が東京都公立学校教員適性選考合格者名簿に登載されることが決定されたことは認め、右名簿登載決定の日は不知。その余の事実は否認する。

三  請求の趣旨第三項について

1  原告の請求原因

(一) 前記二1に同じ。

(二) 右二1記載の人事委員会の行為により、原告は大なる精神的、肉体的苦痛を受けた。

(三) 右苦痛に対する慰謝料としては、金一〇〇万円が相当である。

よって、原告は被告東京都に対し不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告東京都の認否

(一) 請求原因(一)に対する認否は前記二2に同じ。

(二) 同(二)は不知。同(三)は争う。

第三証拠(略)

理由

一  昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件請求の趣旨第一項及び第三項について

1  原告は、昭和五六年一〇月一日付で東京都公立学校教員に任命され、荏原四中教諭に補されたが、昭和五八年四月一日付で第一転任処分がなされ、更に昭和六〇年四月一日付で第二転任処分がなされた後、昭和六一年四月一日付で「東京都大森高等学校教諭に補する。高教二等級一〇号給を給する。」とする本件発令がなされたことは当事者間に争いがない。

2  ところで、市(特別区を含む、以下同じ。)町村の中学校の教職員は、市町村立学校教職員給与負担法一条に規定する県費負担教職員に該当し、その身分は勤務する学校の設置者たる市町村に帰属する。これに対して、都道府県立高等学校の教職員は当該都道府県の教職員であるから、当該都道府県に属する市町村の市町村立学校の県費負担教職員が当該都道府県の都道府県立高等学校の教職員となるためには、当該都道府県教育委員会が当該教職員に対し右県費負担教職員たる地位を免じ、同じ教育委員会が同人を当該都道府県の教職員として採用する必要があるが、この場合には身分関係に重要な変更があるため地教行法四〇条の適用はなく、地方公務員の免職、採用の原則に従って当該教職員の同意を得て右免職が行われ、新たに都道府県教職員への採用が行われるものである。

ところで前記のように、原告は、昭和五六年一〇月一日付で東京都公立学校教員に任命されているが、これによって取得した地位は、荏原四中の設置者たる品川区の県費負担教職員たる地位であり、第二転任処分によって千代田区の県費負担教職員となっていたものということができるが、原告主張の本件発令は、右のとおり特別区の中学校の教職員たる原告をその地位から免じ、その後東京都立の高等学校の教職員たる地位に就かせるものであるから、特別区の県費負担教職員たる地位を免ずる免職処分と、東京都の教職員として採用する採用処分よりなるものというべきである。

したがって、本件免職処分に取消事由の存しない限り、仮に第二転任処分が取消されても原告が伊藤中教諭たる地位に復帰する余地はなく、また、第一転任処分及び第二転任処分がいずれも取消されても、原告が荏原四中教諭たる地位に復帰する余地はないことになる。そこで本件免職処分の効力について検討することとする。

原告が麹町中在勤中、昭和六一年度東京都公立学校教員適性選考の高等学校教諭、理科(化学)に申込みをし、同選考に合格して同選考合格者名簿に登載されることが決定されたことはいずれも当事者間に争いがなく、右事実と(証拠略)を総合すれば、原告は、麹町中在勤中、高等学校、理科(化学)への異動を希望して被告教育委員会に対し昭和六〇年五月一六日付で前記昭和六一年度東京都公立学校教員採用候補者選考のための適性選考の受験を申し込み、同委員会の実施する同選考を受験して合格したこと、昭和六〇年一一月二〇日ころ登載期間を昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日までとする被告教育委員会の同選考合格者名簿に高等学校・理科(化学)教諭として登載されることが決定され、昭和六〇年一一月二九日ころ原告は異動希望先を普通科定時制等の高等学校とする異動調査書を被告教育委員会に提出したこと、昭和六一年二月一日ころ大森高校への異動が内定し、同月六日ころ同校で面接を受けた結果、本件免職処分及び本件採用処分がなされたことが認められる。

しかして右事実によれば、原告は、右異動調査書の提出により、東京都の教職員に応募すると同時に、東京都千代田区の県費負担教職員たる地位を免ぜられることにつき、被告教育委員会に同意を与えたものと解することができ、原告の東京都千代田区の教職員たる地位を免ずる本件免職処分は、原告の意思に反してなされたものとはいえないし、また全証拠を検討するも右処分を取消すべき事情は存しないから、右処分は有効であるといわなければならない。

してみると、本件免職処分により原告は既に県費負担教職員たる地位を免ぜられたものであるから、本件第二転任処分が取消されても原告が伊藤中教諭たる地位に復帰する余地はなく、また本件第一、第二転任処分が取消されても原告が荏原四中教諭たる地位に復帰する余地もない。したがって、右各処分を取消す法律上の利益はなく、請求の趣旨第一項及び第三項の訴は却下を免れない。

二  昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件請求の趣旨第二項について

右第一転任処分の不服申立につき発せられた第一裁決が取消されても本件免職処分が前記のごとく有効である以上、原告が荏原四中教諭の地位に復帰することはあり得ないから、右不服申立は結局却下されるべきものであり、したがって、右裁決の取消しを求める請求の趣旨第二項の訴も法律上の利益を欠く不適法なものであり却下を免れない。

三  昭和六〇年(行ウ)第一五三号事件請求の趣旨第四項について

地方公務員法四六条は、給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、職員は人事委員会又は公平委員会に対して措置要求をすることができる旨定めているが、右規定の趣旨とするところは、職員の具体的な勤務条件について、職員がその維持、改善を目的とする要求をすることを制度として認めることによって、当該職員に関係のある勤務条件の適正を確保することにあるのであり、措置要求の対象となる事項は、当該職員が現に保有している地方公務員たる地位に関係のある勤務条件でなければならないものと解されている。したがって、新たに地方公務員に採用された者が、仮に採用前に地方公務員であったとしても、採用前の勤務条件について採用後に措置要求をすることはできないし、また地方公務員がその地位に基づき措置要求をした後退職したときは、その後新たに地方公務員に採用されたとしても、当該措置要求は事案の審査を継続するに由なく却下を免れないものである。

本件についてこれをみるに、本件措置要求は前記のとおり、県費負担教職員たる伊藤中の教諭たる地位もしくは区立中学校教諭たる地位に基づき通勤手当等及び休業補償付加給付の加給に関してなされたものであり、本件措置要求が適法であるためには現在も原告が右の地位を有することを前提とするものであるところ、原告は既に前記特別区の県費負担教職員たる地位を失っていることは当事者間に争いがないから、本件措置要求は本件判定の当否のいかんにかかわらず却下を免れないものである、したがって、本件判定の取消を求める請求の趣旨第四項の訴も法律上の利益を欠き却下を免れない。

四  昭和六一年(行ウ)第二号事件について

右事件請求の趣旨第一項の請求については、仮に第一裁決に原告主張のような認定判断の誤りや、審理手続の瑕疵があったとしても、公務員に対する不利益処分に関する不服申立に対する裁決の認定判断の誤りについては右裁決の対象となった処分の取消訴訟により、手続上の瑕疵については右裁決の取消訴訟により、それぞれ当該公務員が通常蒙る不利益は回復されるのであるから、右裁決の単なる認定判断の誤りや手続上の瑕疵により直ちに国家賠償法上の損害賠償義務が認められるものではなく、これが認められるためには、右裁決手続が、人事委員会または公平委員会に与えられた権能に明らかに背いてなされたものと認められるような特別の事情が存することを要するものというべきところ、本件においてはその立証はないから、原告の右請求の趣旨第一項の請求は理由がないものといわざるを得ない。

五  昭和六一年(行ウ)第九六号事件請求の趣旨第一項について

1  原告主張にかかる本件発令が、原告に対し東京都千代田区の教職員たる地位を免ずる本件免職処分と原告を東京都の教職員として採用する本件採用処分よりなることは前記のとおりであるところ、本件免職処分につき原告の同意があること前記のとおりであり、また原告が請求原因(二)(1)において主張するところは本件発令が転任処分であることを前提とするものであって、右の前提が失当であることは前記一2のとおりであるから理由がない。また請求原因(二)(3)において主張する事実はいずれも本件免職処分の取消事由となるものではなく、また本件全証拠を検討するも右免職処分の取消を肯認すべき事実を認めるに足りる的確な証拠はないから原告の右請求は理由がなく棄却を免れない。

2  被告東京都教育委員会が原告に対してなした原告を東京都立大森高等学校教諭に補する旨の本件採用処分は前記のとおり原告主張のごとき転任処分ではなく、原告を都立学校職員に採用する任用行為であり、しかも右は原告の申請に基づいてなされたものであって原告に対し何らの不利益を与えるものではないから、原告の請求中採用処分の取消を求める部分は訴の利益を欠き却下を免れない。

六  昭和六一年(行ウ)第九六号事件請求の趣旨第二項について

原告は、被告人事委員会が原告の本件発令についての不服申立に対し全く審理を行わず、合理的な理由なくこれを却下したとして第二裁決の取消を求めている。ところで、地方公務員法四九条の二第一項は任命権者の行った不利益処分につき不服申立をすることができる旨定めているが、右にいう不利益処分とは懲戒、分限その他これらに準ずる処分で職員の身分又は地位に具体的な不利益を及ぼすようなものをいうものと解されるところ、(証拠略)によれば、第二裁決は、本件発令は原告を大森高校教諭として任用し、併せてその職務の等級及び号給を決定したものであり、地公法四九条にいう不利益処分にあたらないとして右申立を却下しているものであることが認められるから、被告人事委員会は原告の不服申立につき審理の上裁決をなしたものというべきである。したがって、第二裁決が原告の申立に対し全く審理を行わず合理的な理由なくこれを却下したものということはできない。

のみならず、前記一2のとおり本件免職処分及び採用処分は原告の同意の下になされたものであり、この点からみても右各処分は不服申立の対象とはなり得ないものといわなければならず、結局前記判断はその結論において正当である。したがって、右請求の趣旨第二項の請求は理由がないものというべきである。

七  昭和六一年(行ウ)第九六号事件請求の趣旨第三項について

原告は、第二裁決は不服申立に対し全く審理を行わず合理的な理由なくこれを却下したため精神的、肉体的苦痛を被った旨主張するが、第二裁決の審理につき違法な点のなかったこと前記のとおりであり、さらに公務員に対する不利益処分に関する不服申立に対する裁決に認定判断の誤り又は手続上の瑕疵があったとしても直ちに国家賠償法上の損害賠償義務が生ずるものではなく、これが認められるためには前記四記載のような事情の存することを要するところ、本件において右事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、右請求は理由がない。

八  以上のとおりであるから、原告の昭年六〇年(行ウ)第一五三号事件請求の趣旨第一項ないし第四項の訴及び昭和六一年(行ウ)第九六号事件請求の趣旨第一項中本件採用処分の取消を求める部分はいずれも却下し、昭和六一年(行ウ)第二号事件請求の趣旨第一項及び同第九六号事件請求の趣旨第一項のその余の部分、第二、第三項の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福井厚士 裁判官 酒井正史 裁判官川添利賢は転勤につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 福井厚士)

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